何十年も支えてくれたヨーダ社長の言葉~魔法のエールの力

スターウォーズのヨーダそっくりのおじさん社長がいた。
寂しいんだかはじけてるんだか分からないようなヘアスタイルに(言うなれば和田勉さん的な)、私と変わらない身長(158cm)、でっぷりした体系ながらもいつもベストとチノパンでお洒落をしてる。
顔つきもヨーダそっくりで、引力に負けて垂れ下がった瞼と、その下の大きな涙袋がより悪人面に拍車をかけた。

そして手にはいつもパイプ。
火を付けていなくても、パイプ。
作業する時は器用にくわえてた。
エール

私はその社長にたいそう可愛がられた。
まだ20歳そこそこだったので、やたらランチに誘ってくる社長を始めは警戒していた。
が、しつつも、ランチ代を出してもらえるという打算と、断ることに慣れていなかったので、いつもそそくさと後ろについて行った。

多分、はたから見ると若い愛人とランチを取るもてないおやじ。
まぁ、こういう構図になっていただろう。
行くのは決まって近くのボーリング場の古びたレストラン。
「なんにする?」と聞かれるもメニューを見ている間に「日替わりでいいよね?」と、メニューの中の一番安いランチに決まってしまう。
何回か「エビフライ定食」と伝えてみたけれど、「それ胃がもたれるよ~。」とか難癖をつけては日替わりに持って行かれた。
結局、選択の自由は無い。

社長はいつも自分の事を
「こんな悪人面の天邪鬼おやじだからね~ガハハ・・。」
と表現していた。
確かに会話もすんなり進まないし、変なところで天邪鬼ぶりを発揮する。
かと思ったら、仕事を流してくれる取引先の社長が来ると、「あなたは米つきバッタですか?」と言う程ペコペコする。
人間臭いと言えば人間臭い。
当時の若かった私にはとても「憧れ」の存在であろうはずもなかった。

そんな社長がある時こう言った。
「あなたは頭がいいよね~。勉強とかそういうのじゃなく、頭がいいんだよ。」
何を根拠にそう判断したのかは分からない。
ましてや、大企業の社長でも人格者でも無いヨーダ社長の言葉に、信ぴょう瀬は無いと思ってた。
(私を褒めてくれるのは下町でちっさな会社を経営するのにひーひー言ってるような人ぐらい)
そんないじけた、でも、身の程を知らない受け取り方しかできなかった。

あれから30年。
その後私は父が倒れたのを機に東京を後にした。
今、会社名を調べてもその痕跡すら残っていない。
あの社長は元気にしているだろうか。

「あなたは頭がいい。」
その褒め言葉は、実は今も私を支えてる。
本当は嬉しかった。
人目ばかり気にして、幸せの形ばかり追いかけて、自分を見失っていた私。
そんな私の「真実」を見抜いてくれたようで、心から嬉しかった。

どんなに間違っても、どんなに失敗しても「私は頭がいい。だって社長が言ったもん。」、そう言い訳する自分がいつもいた。
バカにしていたはずなのに、実は私は憧れていたんだろうな。
どんなに天邪鬼でも、どんなに人に嫌われても、どんなに提灯持ちだったとしても、「それが俺のスタイルだから。」とパイプをくゆらすヨーダ社長。
まさに自分軸で生きるを実践していた。
本当はそんな風に自分を解放したい自分がいたんだね。

私は社長とよく笑った。
冗談を言い、暴露話をし、時には苦労した過去にお互い涙した。
社長といる時だけは自分軸でいられた。
唯一、私が私であっていい場所。
当時は分からなかったけど、ヨーダ社長はそんな存在だったように思う。

だからこそ、いまでも社長の言葉を思い出す。
なんの揺らぎも無く、その言葉を信じてる。

「あなたは頭がいい。」
天邪鬼で偏屈なおじさんの数少ない褒め言葉。

彼氏にふられた時も、子育てに迷った時も、離婚して必死だった時も、仕事で失敗した時も。
「あなたは頭がいい。」
の言葉を信じてた。
自分を否定して、過去を悔やみ、世界中でこんな情けない人間は他にはいないと孤独にさいなまれた時も、諦めずに立ち上がれたのは「私は頭がいいはずなんだから。」と思っていたからなのかもしれない。
「このまま終わるはずがない!」って。

ヨーダ社長の言葉のように、誰かに贈るエールはその時には響かないかもしれない。
いくら手を差し伸べても、拒絶されるかもしれない。
何事もタイミングというものがある。

だけど、言った言葉や渡した優しさは、もしかしたらその人の心の支えになるかもしれない。
その場では受け取ってもらえなくても、長い人生の中で、その人を支え続けるものになるかもしれない。

ヨーダ社長は、こんな私の感謝を知るはずもない。
もしかしたもう天国に行ってるかも・・。
だけど、あの時のあの言葉で私は自分を信じる事ができた。
「あなたは頭がいい。」
たったそれだけの、日本中に出回ってるありふれた言葉。
ヨーダ社長はそんなに深い意味を持っていなかったのかもしれないけれど、そんな何気なく言った言葉が、私の人生の困難な状況では小さな希望になってくれた。

小さくても希望があれば人は前に進もうとする。
困難が来ても乗り越えて生きていこうとする。
希望を持ち続ける事は大きなエネルギーになってくれる。

さてさて。
あなたは誰に希望の言葉を渡しますか?
その人が困難にぶつかった時、自分を信じて前に進めるようにどんなエールを贈りますか?

「もう!どうして出来ないの?」
「早くしなさい!」
「本当に不器用ね・・。」
これは希望を奪う言葉達です。
大切な人が悲しみに包まれたとき、希望となる言葉は何なのか。
それが本当のエールです。
自分の存在が消えた後も、大切な人を守り続けるエール。
毎日毎日、贈り続けたいですね。

P.S・・・魔法のエール、あなたもきっともらった事があるはず。引き出しの奥に仕舞いっぱなしになっていませんか?

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