テスト勉強ではなくアウトプット不測の事態に対応できる力

昨日は「取り急ぎ一歩踏み出しましょう!」という記事を書きました。
それは何だって良くて、自分が興味を持てるもの、やってみたかったことをやってみましょう!という内容でした。

実はその「やってみる」という行動はアウトプット以外の何物でもありません
例えば、私がこうやってブログを書くことは、日々知った事や気付いた事をアウトプットしていますし、YouTubeの紹介をすることも、非常に効果的なアウトプットになっています。

本は一度読んだだけでは忘れてしまうと言われています。それをまとめ、分かりやすいように話し、編集する。
そこには、「見てくれる人」への配慮や心遣いも必要になります。
自分が楽しいからやっている・・でも、実はチャンネル登録頂いた方への「愛」が育っているんですね。

■100点取ったらご褒美は・・

インプットしたならアウトプットしなければ、自分のものにはなってくれません。
本の内容も、最低3回アウトプットすることで、脳に定着すると言われています。

そこで子ども達のアウトプットを考えてみましょう。
学校で学んだ知識をアウトプットするのは、多くは学校の中だけですね。それが本当の喜びに繋がっているか・・・というといささか弱い気がします。

親が「今度のテストで100点取れたらご褒美をあげよう」と言うのも、何かをプラスしてあげないと、作業自体が苦痛であり、その達成感も本人のモチベーションがアップするほどの喜びにはならないと思っているからではないでしょうか。
親自身が「勉強は苦しくて楽しくない事」と認識していた場合、ご褒美を与えて頑張らせようとなるのは無理もないように思います。

■2人前レシピから3人前を割り出す

もし、学校で教わった算数の「割合」という勉強が、アウトプットして喜びに変えられる瞬間があったら・・。きっとその子は「割合」について「好き」と思えるようになるでしょう。

例えば、ホットケーキを作る時に、ホットケーキミックスの袋には2人前用のレシピしか記載がなかったとします。
でも、作りたいのは3人分、となった時に「割合」が必要になりますね。
1人前の分量を割り出してそれを3倍するのか、4人前にしてみて3/4にするのか。
その求め方に正解は無く、要は3人前の分量が分かればいい訳です。

テスト

「ホットケーキをみんなで食べる」という目的があって、それを達成するために、勉強した「割合」を使う。
それこそアウトプットであり、記憶の定着ですね。生きた学びがそこにはあります。

それは本当に小さな喜びかもしれませんが、実際にアウトプットすることで人の役に立てたと思える経験は、その子の人生に「学ぶ楽しさ」をもたらすものになると思います。

■いつか現れる課題・・それって

残念ながら、学校にはそのアウトプットが「テスト」によってしかできません。
しかもそれは、教えられたことをどこまで記憶しているかの答え合わせでしかないのですね。

課題があってそれを解決するために「勉強する」。これが理想的な勉強のスタイルだと思います。
今の義務教育では、「いつか現れるかもしれない課題の為に、きっと多くの物は使わないだろうけど、とにかく国が決めた教科書を終わらせておく」というスタイルです。それでは、子どもがやる気にならなくても致し方ないと思います。
大人でさえ、いつか現れる課題なんて分かりませんから。
学校の最終ゴールは「受験」であり、「受験」をしないと決めた人間からすれば、「行く意味」は全く無い・・と感じてしまってもしょうがないですね。

■ノーリスクを大前提として生きる

人生においてノーリスクはあり得ない。
だから、保険的な「不測の事態に備える」勉強方法では生きる力を育めるはずはありません。予測不能な事なんて次から次へ起こるのが当たり前ですから。

ノーリスクを大前提として生きる。
いじめのような理不尽も、コロナのような大パニックも、大震災のような災害も、「起こるかもしれない」と想定しておくことは人間には必要な心構えです。想定できない事が起こるのがこの世の中ですから。

■行動する人と文句だけ言う人

そこで覚えておかなければいけない事は「自分の力の及ぶ範囲」で見極めるという事。
「ここに堤防を作れば津波から街を守れる」と思ったとしても、それが自分の力ではどうにもならないものならばその課題からは一旦離れるしかありません。
どうしても堤防を作りたいと思ったら、作れる人になる、そのアクションを起こすしかありません。
そうなった時やっと「堤防を作る」という課題が自分のものとなる訳です。
その課題をクリアするために、学び、人に会い、試行錯誤することができるようになりますね。
行動する人とただ文句を言う人との違いはそこにあります。

■アウトプットは人間関係の断捨離にも使える

いつどんな課題が自分に振りかかるかは誰も分からない。
それが人生の面白さだとも私は思います。

その不測の事態が来ても「どんと来い!」と思えるか「どうしたらいいの~!?」となってしまうかは、アウトプットの量に他ならないと思っています。
覚えた事を実践してみる、知った事を誰かに話す。
そこでの経験や人の反応が、自分の足腰を強化して、不測の事態にも対応できる体質に強化してくれます。

きっと人によっては「何それ?くだらない。」とか「意識高い系?」なんて揶揄する人もいるでしょう。「そんな事やって何のメリットがあるの?」なんて言われたりするかもしれません。
もしかしたら、失敗する事を待ち望んでいる人もいるかもしれません。
だからこそ、そんな人を見極めるためには、アウトプットの量を増やしていくことが重要になりますね。

読んだ本の事を話してみる。面白かった映画の感想を誰かに伝える。そんな小さなアウトプットを繰り返し、人の反応に慣れて行く事。表現は悪いですが、人間観察にもなりますね(笑)。

こんな風にアウトプットには、人の言葉に対する「免疫強化」も兼ねてます。「同じ話でも反応は様々なんだなぁ~」と多様性を育てる経験にもなります。
知識の定着にも繋がれば、人に対する客観的思考を育てもしてくれる。

■インプットとアウトプットはセット

実はインプットはアウトプットをして完了する・・と言う人もいます。
ただ本を読む、ただ人の話を聞く。それだけでは自分の物にはなりません。
せっかく学んでも身につかないのは、学校と同じような学びの仕方をしているからですね。

実際に使ってみる。自分なりのやり方で表現してみる。
そうやってやっと、その知識が活かせる人間へと成長できます。
残念ながら学校はインプット専門の知識の押しつけになっています。子どもが学校を楽しめないのも無理はありませんね。

■想定外でも生きる力

昨日も書きましたが、一日も早く「生きる力」を身に付けなくてはいけません。
もう国も企業も、もしかしたら旦那さんでさえ家族を守ってはくれないかもしれません。

一人でもしっかり生きられる力。
人生を楽しめる力。
誰にも依存しない幸せを見つける事。

改めて人生を見つめなおすいい機会です。
コロナショックも日本の経済破綻さえも、自分の秘めた力を解放するきっかけにできればいいですね。

みなさんのアウトプット。陰ながら応援してますよ。

では今日はこの辺で。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
また明日ね。

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