感謝できない心こそ大切に!取ってつけた感謝は意味が無い

今朝、ふと
感謝しろって言っても、感謝できる状況が無いと感謝なんてできないよなぁ」と思いました。

「あ~今日もご飯が食べられた」
「あ~素敵な人に出会えた」
「あ~今日も健康でいられた」

そんな風に感謝の気持ちが湧き上がって初めて「ありがとう」って言えるわけで、不幸だと思っているのに「感謝しろ!」と言われてもそれは無理な話ですね。

今日はそんな「感謝する心」について私流の見解をご紹介しようと思います。

■感謝されたい人

昔の知り合いに
「こんなにしてあげたのに感謝してもらえない。」
と怒っていた人がいました。「あの人にはたくさんの時間を割いたのに!」と。

その人とはその後すぐに付き合いをやめました(笑)。
今日はその人の話ではなく、その感謝しなかった人に焦点を当ててみます。

実は、その後「感謝しなかった人」からほどなく連絡をもらいました。
「色々アドバイスはもらうけどどれもしっくり来ない。納得ができない。ワクワクしない。従う気にならないし、なんでそこまで強要されなきゃいけないのかが分からない。」
そんな内容でした。
要するに、感謝されたかった人は、その感謝しなかった人を上手くプロデュースできなかったのでしょう。

私の返答はこうでした。
「ワクワクできないならやらなくていい。納得できない事を心に蓋をしてやっちゃいけない。あなたは自分を信じて突き進めばいい。せっかくいい仲間もスキルも持ってるのだから。」
そんな内容でした。まぁ、いつものごとくです(笑)。

■先生に言われた通りにやっても足元は固まらない

要するに、感謝できなかった人は、現状が満足できるものではなかった。求めていたものを返してはもらえなかった。なので、心には不満が溜まり、感謝どころか怒りに変わってしまったという事なんですね。

これを常識人たちは、「まずは足元を固めないと」とか「嫌な事でもやるのが大人なんだから」なんて言ってしまう。
本当に、本当に、本当に面白くない言葉達です。全くワクワクしませんよね。

今の義務教育を見れば分かる通り、押しつけでは足元を固める事はできません。
「こうしなさい!それが成功への道だから。」
と言われても、それが主体的なものでなければ試行錯誤もしませんし、アイデアを出して効率化をはかったりグレードを高めようと思ったりはしません。

自分で納得した事に取り組んでたくさんの経験や失敗を繰り返すから、「足元が固まっていく」んですよね。
「先生」に言われたとおりにやっても、ワクワクしない「常識人」にしかなれません(笑)。

■子どもに感謝される親になろうと思わなくていい

「うちの子は親に全く感謝してない」

以前はそんな事を言う人が周りに結構いました。
今は、私がそんな風には思わないので、そんな事を言う人はほとんどいなくなりました。人間関係の断捨離の賜物です(笑)。

もし、そんな風に思っているならば、「感謝される人間にならなければ」と思うより先に、「子どもは何に満足していないのか」という所に着目する事をお勧めします。
「感謝される人間にならなければ」と思って頑張るのは、全く楽しい作業ではありません。他人軸ですしね。自分を変えたいなら、努力と根性ではなくワクワクすることに執着するべきです。ワクワクすることなら努力も根性もいといません。

モチベーション

■民主的な家庭

子どもが親に「感謝」を感じていない。
それは何故か。どんな不満があるのか。何を求め、何が満たされていないのか。
そこに目を向ける事は、親自身の成長にも繋がります。

「子どもの価値観はそうなんだ」
「子どもの受け取り方はそうなんだ」

そうやって様々な事に気付くことで、親自身の価値観との違いが見えてきます。

ついつい「うちの方針はこうなの!」とか「うちのルールはこうだから!」とか言っちゃいますが、その方針もルールも、子どもの成長や環境の変化、親の事情によって変えられるものです。
丁寧に話し合う。
子どもを家族のいち構成者としてちゃんと発言させる。
そんな民主的な家庭こそ、「主体性」や「多様性」が育っていくのかと思います。

■自由こそ自己責任感を育てる

「ルールで縛られた子ども程、大人や社会に反感を持つ」
アダム・グラントさんの本に書かれていました。

まさに「金八先生」の世界ですね(笑)。

自由を与えられるほど、人間は自分の足で歩こうと思います。自分の選択や意思決定がその後の自分を形成するのですから、それは真剣にならざるを得ませんね。

それは大人も子どもも同じ事。
その「生きる力」の源は、「やってみたい」「こうなりたい」というワクワクに他なりません。
「こうすればあなたは安泰ですよ」と言われても、心が楽しいと思えなければ試行錯誤が出来るはずもありません。よって成長もありません。

自由こそ、自己責任感を育てます。

■子どもを調査し自分との違いを発見する

先ほど書いた「感謝されたい人」は、相手のプロデュースに失敗をしました。
それは、「感謝しなかった人」の価値観やワクワクに寄り添えなかったからでしょう。要するに、その人の可能性を信じてあげられなかったから様々な押し付けをしてしまった。

これは、親にも適応されるケースです。
子どもの可能性を信じてあげられないばかりに押しつけをしてしまう。社会が敷いたレールに乗せようと一生懸命、型にはめようとする。
よって反感を買い、「感謝される親」からはどんどん遠ざかってしまう。
そうなるといくら愛情を注いでも、子どもには届きにくくなってしまいますね。

大切なのは「感謝されよう」と思わない事。
そう思った時点で、自分の人生は他人軸へと変わってしまいます。
まずは自分の価値観をしっかり持ったうえで、子どもの価値観との違いを調査することです。
そこで見えた違いこそ、「面白さ」であり「個性」であり「武器」になります。
違っている部分こそ、その子そのものなんですね。

■優越感に浸りたいのか、笑顔が見たいのか

そこで一つポイントがあります。
「感謝される人間になろう」なんてつまらない努力はしなくていい。
ただ、「みんなに感謝されたい!」と思って、周りの人たちが喜ぶような事を夢中になってやるのは素敵ですよね。

その違いとは何か・・。
始めに書いたように、感謝する人間の状態とは「喜び」や「感動」を感じた時です。
それが誰かのお陰なら自然と感謝の気持ちが湧いてきます。「その状況を作ってくれてありがとう」となる訳です。

誰でも、「感謝されたい」という思いがあるのは当然の事ですが、「なぜ感謝されたいのか」に大きな違いがあるんですね。

「優越感に浸りたいのか」
「笑顔が見たいのか」

優越感に浸りたいだけの人は「言葉」を求めます。要するに奪っていく人です。今の自分には価値が無い、他との差別化がはかれない・・と思っているので、相手に「感謝の言葉」を求めて安心したいという心理があります。自分の価値観を相手に押し付けるので、うざったく思われてしまいます。

反対に、笑顔が見たい人は笑顔を引き出すために提供し続けます。「ありがとう」の言葉が自然と出る状況を作ろうと頑張ります。ビジネスの基本的な姿勢ですね。自己満足ではなく、相手が喜ぶ事に拘り続けて、それを成し遂げるのが楽しくて仕方がない人たちです。

GIVERとTAKER。
良く言われますね。

親がGIVERだと、子どももGIVERの精神を受け継ぎます。
損得ではなく人を喜ばせる為に生きる事が普通にできるようになります。
そんな人は、学歴や偏差値に頼らずとも、人に必要とされ愛される人間になっていきます。少なくとも、そんな仲間と楽しく過ごすことができるでしょう。

「感謝されたいなら感謝されるようなものを提供し続ける」
結局、こういうことだと思います。

■取ってつけた「感謝の心」は無意味

社会に溢れる「感謝しよう」という決まり文句。
確かに感謝する心は自分にとって素晴らしい効果をもたらします。
でも、現状が「不幸せ」と感じているならば「感謝する心」は取ってつけた物、形式だけのものになってしまいます。

「なぜ、子どもは私に感謝の心が持てないのか?」
を考えると同時に
「なぜ、私は心から感謝できないのか?」
も考えてみるといいかと思います。

毎日が感謝の心で満たされれば、きっと明日も感謝できることが起こるでしょう。
心から感謝できる人は、今が幸せだと思っている証拠。
是非、日々の暮らしをそんな風に見つめてもらえるといいかと思います。

では、今日はこの辺で。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
また、明日ね。

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