新型コロナウイルス感染者への嫌がらせ~イメージの植付け

昨日三重県で、新型コロナウイルス感染者に対して自宅に石を投げ込むなどの嫌がらせが発生したそうです。

詳しくはこちら↓(そうも詳しくは無いですがw)
Yahoo!ニュース

このニュースを知って、少し調べると、出るわ出るわで日本はまだましな方で、人権無視もいいところのコロナ差別犯罪が全世界で起こっていました。

人間のサガと言ってしまえばそうなのでしょうが、感染された方の気持ちを考えると本当にやるせなくなります。

■イメージの植え付けは簡単

昔から、人は人を差別したりイジメたりを繰り返しています。誰の心にもその種はあって、理性や道徳心で制御しています。
子どもの頃を思い出してみると、「えんがちょ!」という言葉で、人を「ばい菌が付いてる」というフィクションを作り出して、からかったりイジメたりしたシーンがありました。

逆に「ピース!」とか言いながら両手でピースを作り、それによって菌に感染しないバリヤーを自分はまとっているんだという、暗黙のルールもありました。

今でも覚えているのが、中学校の時、自転車通学の女の子の靴下に泥が付いていて、いじめっ子たちが「う〇ちや!う〇や!」とはやしたてました。その日は雨だったし、女の子の家は自転車でも20分はかかる場所にありました。カッパ一つで雨の中走ってくるのですから泥の一つもつきますね。

ただ、そのいじめっ子たちの言葉は、他の生徒たちに「彼女はう〇ちを付けているイメージ」を植え付けました。彼女はそれから、いじめのターゲットになってしまいました。
ただ、昔の話ですから、先生も強かったのでそれを許す事はありませんでしたが。

イメージやフィクションの共有。
まさに、ユヴァル・ノア・ハラリさんの著書「サピエンス全史」で語られた、「人間をここまで進化させた能力」がそれなんですね。
幸福なイメージを共有するか、不幸なイメージを共有するか。それはその集団のリーダーによって決まってしまうのでしょう。

■思ってもいい、やるかやらないか

今回の佐賀県で落書きや投石をした人たちというのは、このイメージの植え付けにめっぽう弱い人たちなんだろうな・・と思いました。そして、「幸せは自分で作る事は出来ない」と思っている。

流されやすく、他力本願。
だから、ウイルスを持ち込む人は自分の幸福を阻害すると思い、「悪」としか思えなくなってしまっているのかもしれませんね。

多様性

今は病原菌に侵されているけれど、じっくり治療すれば元気に復活できる。それによって、もしかしたら抗体を持つ事ができて、社会をいち早く回してくれる存在になってくれるかもしれない。

そんなファジーな状態。白か黒かでは判断できない状態。それを理解できない「心に遊びのスペース」が無い人が、いじめや差別を実際に行ってしまう。短絡的であり、想像力に欠けてしまってるんですね。

実際に、石を手にして人の家に投げ込む事は、多くの人は怖くてできません。大けがをするんじゃないか、痛いんじゃないか、犯罪者になったらその後の人生がどうなってしまうのか、家族は何て思うのか。
そういった想像力は、「やるかやらないか」の時に、自分を守ってくれます。

人間誰しも、ネガティブな感情を抱くのは当然の事です。
妬んでもいいし、憎んでもいい。差別する感情が芽生えても自分を否定する必要はありませんね。

ただ、それをやるかやらないか・・・そこで人生は大きく変わってきます。

■想像力は人生の宝

今回の事件の加害者は、別に特別な存在なのではなく、人間の一面を表に表しただけの事なんだと思います。
その証拠に、Twitterでは「加害者の顔をさらせ」とかいうツイートも見られました。

想像力は、その人の心の広さを作り、相手を思いやる思考の深さを育ててくれます。
加害者にもそうする背景がある・・そう考えるだけで、物事を白か黒かではなかなか判断はできないという事が理解できると思います。
裁くのは法律なんですよね。

人の人生にとって想像力は宝物です。
それを育てるのは、子どもの頃の経験が何よりも大切です。

こんな歴史的な大事件を生き抜こうとしている今だからこそ、子ども達に伝えられる事、学んでもらえる事がたくさんあると思います。
家の中だからこそできる、想像力の広がりを親子で体感してみて下さいね。制限がある方が思考は自由を求めます。今がチャンスかもしれません。

では、今日はこの辺で。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
また明日ね。

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