本音が言えなくて苦しい!自己否定の前に本音の正体を知る

話せないことは考えなければ「本音が言えない」という生きづらさは感じない・・という意見。

全くもってなるほど!と思いました。
人に言うと嫌われるとか馬鹿にされると思うようなことは意識的に考えないようにするという技のようです。

「人に話せる事しか考えない」というルールにしてしまえば、「Twitterでしか本音が言えない」「誰も私の事を理解してくれない」とはなりませんね。
だから、「考える時は英語で考えればいい。脳から日本語を排除してたどたどしい英語で思考すれば、余計な事は考えなくなる」そういう事のようです(笑)。おもしろいですよね。
確かに英語で考えれば単語を考えるだけで精いっぱいになって、本音が何かを見つけるのにも苦労しそうです。私は・・ですが。

今日はそんな「本音」について深堀しようと思います。

■本音を言えない自分は弱い

とは言っても、日本人の多くは心に思っていることを伝えない事が円満な人間関係に繋がると思っていますし、波風立ててまで言う程の事では無いと判断することも多いです。

確かにいちいち
「あなたの事は嫌いです」と伝えなくても、「それを素晴らしいとは思えません」なんて正直に言わなくても、そつなく対応したり心に反してでもうまく褒めておけばその場は収まるとは思います。
それができた大人なんだという一般論もありますね。

ただ、そうすることで傷つく人がいます。
それは自分自身です。
「自分は嘘つき。本当の気持ちも伝えられない。すぐに相手に迎合して態度を変える日和見主義。情けない。弱虫。」
そんな風に心のどこかで自分を責める気持ちが芽生えます。自分に誠実でいようとすればするほど、許せなくなってしまいます。

■漫画の主人公は初めは弱い

結局、相手に嫌われないように顔色をうかがう自分は弱くて情けないと思ってしまうのですね。
ではなぜ弱い事はダメなのか、人の顔色を伺う事はダメなのか。それを考えてみました。

考えるに至って、「弱くても得をした経験が無いからかもしれない」と思い、昔の漫画の主人公をイメージしてみました(笑)。
アルプスの少女ハイジ。キャンディ・キャンディ。エースをねらえ!。機動戦士ガンダム。ドラゴンボール。ワンピース。
古すぎて知らない人がいたらごめんなさいね(笑)。

どの主人公も、芯が強く、諦めない精神力で幸せや勝利を勝ち取っているイメージです。
でも、よくよく考えてみると、どの主人公も始めは弱かった。あのドラゴンボールの悟空でさえ、フリーザに出会った時はフリーザよりも弱いんですよね。
ワンピースのルフィも、エースをねらえ!の岡ひろみも、ガンダムのアムロに至っては反抗期の最弱メンタルでした。正直、私は「こんな男の子とは付き合いたくない!シャアの方が絶対いい!」と思っていましたから(笑)。

■弱さの強み

弱かった主人公が、色んな事に傷つき悩み絶望しながらも強くたくましくなっていく様に、私達は憧れ、自分もきっとそうなれる!と思いを馳せました。
そんな弱っちい主人公が、成長して幸せになったり勝利したりすることが痛快でありワクワクしたんですね。

と、考えると、弱さを持っている者は強くなれるという事になります。
もともと無敵状態の主人公では物語に面白みがでませんね。仮に無敵であっても、落ち込んだり悩んだリするシーンが必ずあります。かのスーパーマンでさえ落ち込んでいるシーンを見た事があります。ヒーローに弱さはスパイスのようなものなのかもしれません。

弱さの特典はそこなのかと思います。
強くなれる可能性、人間性に厚みを持たせるための個性。
そう考えると、「本音を言えない自分」というものも愛情を持って受けいれてあげられそうです。

■本音とは複合的

また、「本音なんて存在しない」という考え方もあります。
「私はあの人が大嫌い!でも立場が弱くて何も言えない」と思っていたとします。でも、それが全てでは無いですよ・・という事です。

何故?どうして?と深堀して行くと、そこには自分のコンプレックスが潜んでいたり、妬みがあったり。はたまた、経済状況も関係しているかもしれませんし、本当は好きの裏返しであったりするかもしれません。
そのすべてが本音なのですから、本音とは複合的であり、結果、人間の心というものは非常に複雑だという結論になります。

「本音が言えなくて苦しい」とひとからげに考えてしまうと、以上のような複数の課題が心の中で絡み合って、一つの答えを見つける事は不可能です。
それなら、思考を英語にしてしまって、考えられない状態にしてしまうというのも一理あるように思います。
正攻法ではないかもしれませんが、自分を楽にするという目的は達成できるかもしれませんね。

■「誰か」が必要なら無理

私の場合、「誰も私の本当の気持ちなんて分かってくれない!」と思えるほどピュアではなくなってしまったので(笑)、そこで悩む事は無くなりましたが、本音を吐き出す事に対してはかなりストレスを感じていた時期もありました。

なのでこの「そもそも本音ってなに?」という考え方はとても斬新で面白いと思いました。

自分がどうにかできる問題だけ考える。
それを軸に「本音が言えなくて苦しい」という問題を見つめると、「そもそも誰に言いたいのか」「誰に聞いて欲しいのか」という「誰か」の存在が必要になります。
「誰か」の存在が必要だという事は、その人に言いてもらう態勢になってもらわなければ始まりませんね。そうなると自分の力の及ぶ範囲ではないのかもしれません。

それならもう考えずに手放してしまった方がいいようにも思います。
正攻法で無くても良ければ是非試してみて下さいね。

本音が言えないから苦しい。私は孤独。
そんな風に自分を責めるよりも、本音の正体を知ってうまく付き合ってみて下さいね。視点を変えるだけでほんの少し自由になれるかもしれませんよ。

では今日はこの辺で。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
また明日ね。

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