変人(天才)になりたい人募集!違いを楽しむ~ひとりダイアログ

この数週間考えていたのですが、決意しました!変人仲間を募集することにしました!(笑)。

要するに人と同じじゃつまらないと思ってる仲間を募集します。
まだ、「変人」とまでは振り切れていないけど「普通」でいる事が苦しくなってきている。いや、もしかしたら、自分には人と違う面白みがある気がする・・そんな風に思っている人。そんな仲間を集めようと思っています。

と、突然何を言い出したかと思う方もおられるでしょうね。本当に、我ながら自分を忙しくしたい人間なんだと呆れます(笑)。

実はこの「変人募集」は・・・なんだか、一見「恋人募集」に見えますね(笑)。
私が今までやってきた「お母さんを笑顔にする活動」の完成形のように思っています。

不登校支援や子育て支援、ブログ、Facebook、YouTubeといろいろやってきましたが、結局、どのお母さんにも家庭があって過去があって、私が介入できる部分なんてたかが知れています。助けたい、笑顔にしたいと思ってもなかなか難しい。結局、この時代では「マイノリティ」を楽しめないといつまでも常識枠に縛られて苦しい思いをしてしまいます。

なのであえて「変人」しか入れない、もしくは「変人」になりたい人しか入れないコミュニティを作ろうと思いました。まぁ、半分は私の趣味というか楽しみです。自分を自分のオリジナリティで伸ばしていくのは本当に面白いです。振り切れます!

でも、実はちまたでは変人(バカ)=天才、と言われますね。
そう、なので「変人仲間募集」と言いつつ、密かに天才を目指す人を募集なんです(笑)。要するに「振り切りたい人」です。これはもしかしたら自分の「経済価値」にも繋がるかもしれません。

天才は生まれ持った資質や遺伝的なものもあると言われています。なりたいと思ってもなれるものではない。なので、内なる「変な人」を開放して人との違いを楽しむちょっと異質な仲間を作りたいと思いました。運が良ければ天才になれるかもしれません。

また驚いたことに、変人を極めつつ、実は自己カウンセリングをしているという画期的なシステムです。なので、今日のこの長い記事を読んでもらうだけでも何かの気づきになるかもしれません。

今日は、そんな仲間を募集する理由や、仲間の条件などを書いてみようと思います。考えることが好きな人、自分ならではの思考ロジックを組み立てて自分を好きになりたい人。そんなナルシストで変わり者で、でも「天才になった自分に興味がある」人。集めます。

「なになに?子育て応援じゃないの?」「不登校支援はやらないの?」と思った方、ご安心ください。すべて繋がっています。「あ、そういう事ね!」と今の時点で気が付いた方、あなたは相当「無敵の母さんオタク」です。「無敵の母さんLOVE」です。すでに変人仲間です(笑)。

今日はここまでに至った私のロジックとそのコミュニティでやる事、目指すものを書きます。かなり長いので興味のある方は覚悟を決めて読んでみてください(笑)。最後に応募要項、応募条件などなど書いています。

では、始めます!

■人との違いを掘り下げる「ひとりダイアログ」

この仲間が集うコミュニティの名前を「ひとりダイアログ」に決めました。ダイアログとは「対話」です。「首脳者同士の意見の交換」「会議」なんかの意味合いもあるようです。思考で自分の世界を確立してそれを見せ合うコミュニティを目指していますので、それもありだと思いました。自分は自分の世界の首相のようなものですから。

この「ひとりダイアログ」が目指すところは、変人・・言わば、人と違う部分、もしくは自分の「納得」を掘り下げて楽しむというものです。

「常識にとらわれない」「人に流されない」と言いつつも、誰しも振り切れません。どうしても周りの人との歩調が気になったり、自分が孤独な事を恐れます。これが生きづらさの正体ですね。子育てがしんどいのも不登校が苦しいのも根本はここです。

でも、本来、人間は人と同じであるはずがない。同じ思考で同じ価値観であるはずがない。ましてや時代がこんな感じです。新旧入り乱れているネット社会とリアル社会の混乱に戸惑っている方も多いのではないでしょうか。

「愚かね・・」「この人たち、何もわかってない」
リアル社会でストレスを抱える人たちは、こんな憤りを抱える事も多々あるかと思います。ことに、子どもが不登校や引きこもりになった親御さんは、社会のレールに乗るのが当たり前という人たちに強い違和感を抱いて当然ですね。

■プライドを味方につける

多くの人達はその「愚かね・・」で終わってしまいます。リアル社会で理解されない、受け入れられない思考をネット社会で満足させ、「私は分かっている」というプライドを持ってリアル社会をストレスで生きています。
この「ひとりダイアログ」はそのプライドを守り切るためのコミュニティなんです。高いプライド、素晴らしいじゃないですか。

でも、その高いプライドというのは「持ってるだけ」だから苦しいんですね。私の解釈では「プライドとは守りたいものであって守るために自分を高めなければ守れないもの」だと思っています。
「プライド高過ぎ~」「変なプライド持ってるよね」なんて言葉をよく聞きます。そう言われて腹がたってしまう人は、そのプライドを構成するロジックに自信がありません。なぜそれを守りたいのか、なぜ自分をそう見て欲しいのか。その理論の組み立てが未完成であったり、人に理解してもらう努力を怠っています。そもそも理論を組み立てようともしていないかもしれません。思考を途中でやめている状態ですね。昔の私がまさにそうでした。

プライドの高い人は扱いにくい。プライドに固執する人は周りをバカにする。
とかく「プライド」に支配されてしまっているので、人との豊かな関係を作ることが苦手です。どうしても敵を作りやすいキャラになってしまう。本当は、そのプライドを持てるほどの実績なり、経験なりがあるはずなのに。

プライドとは、「誰にも譲れないもの」です。私はプライドのある人はかっこいいと思っています。逆に無い人なんていないんじゃないかとも思います。プライドは人にマウント取るために持つものではない。プライドは自分を高みに連れて行ってくれるものです。味方につけなければ勿体ない。

■「自分自身」という根っこ

私は今まで、お母さんを笑顔にしようとあの手この手で頑張ってきましたが、最終的に生きついたのは「プライドはあっても自分の世界を持っていないから苦しい」という答えでした。

自分の世界を認知してあげられていない、自分の世界を深堀りできていない。それは「自分自身の否定」です。苦しくて当然ですね。そしてそれはお母さんだけに限ったことではない。多くの大人も子どもも自分が自分である事を楽しめていないのです。

自分の世界を認めて楽しめていない限りは、いくら趣味のサークルに入っても、いくらカウンセリングを受けても、いくら色んなコミュニティに参加しても無駄です。そこで人間関係で苦しくなってしまいます。上っ面をならしても水面下では悶々とする自分がいる。自分をさらけ出せずに疲ればかりがたまってどんどん人間嫌いになっていく。

根っこがしっかり張っていないのに、強風が吹き荒れる社会で生きて行くのは正直無謀です。根っこは「自分自身」。極論を言えば「幼いころの自分」かもしれません。社会の常識や価値観に侵略されていなかった頃の自分。私で言うなら、ブラジルに行こうと地面に大穴を掘っていたころの自分です(笑)。

「誰かに」「何かに」どうにかしてもらうのでは自分の世界は掘り下げられない。当然ですね。人には自分の世界なんて見えませんし理解もできませんから。アドバイスや応援はしてくれても、実際掘り下げるのは自分しかいません。私が80’sが好きで世界中の国旗を模写することにはまってたなんて、誰も知るはずもありませんからね。でも、本当はそれを好きになった自分、はまっていた自分の世界をもっともっと広げてあげるべきだったんです。

自分の「好き」「嫌い」「嬉しい」「悲しい」は自分自身です。それが自分の世界です。そこを「常識的」にしようと蓋をするから偽りの姿で生きることになってしまう。年中演技していたら苦しくもなります。
私は何十年演技してたんだろう・・・?(笑)。

■自己満の答えは砂の城

他者は気付きをくれたり、優しさをくれたり、安心をくれたりします。人間が生きて行く社会では必ず必要な存在です。でも、そこを怖いと思ってしまう、うとましく思ってしまう。それは、自分が振り回されてしまうからなんですね。仮に誰かに答えをもらったとしても、それはその人の答えです。自分で導き出したものではない。そこに「納得」がなければいつまでも自分は「情けない奴認定」のままです。
自分が納得するためには他者がいります。納得は色んな意見を聞いて、そこから自分の答えを出せてこそ腑に落ちた状態になります。

他者に見せられないような「自己満足の答え」は、たった一人の無神経な他者の言葉で一気に崩れてしまいます。まるで砂の城のようなものです。

■一生成長を続けるってしんどい

「なんか腹が立つ」「こいつらほんとバカ」「有象無象が!」
内心、こんな怒りを抱えた事は誰しもあると思います。いじめを受けたり、バカにされたり、コンプレックスやプライドを傷つけられたりすると、心にふつふつ沸き上がる嫌な感情です。

でも、そこで常識的な人は「こんな風に思う自分はまだまだ」「これも試練」「これをバネに変えねば」なんて、自分を落としめて考えてしまいます。私も昔はそんな風でしたが、今から思うと窮屈な生き方でした。まさに努力と忍耐の世界です。これを私は「思考停止状態」だと思っています。しんどくて当然で、今となってはそこに戻りたいとは1mmも思いません(笑)。

そんな「怒りを抱えたこと自体」をテーマにして掘り下げる。それを怠るといつまでも「自分は未熟」のままです。一生成長し続けなくてはいけなくなります。腹が立つことなんて、人生においていくらでも出てきます。その度「成長しなくては」と思っていたのではしんどくて仕方ありません。

また、怒りや悲しみなど様々な感情は、深堀りしているうちに徐々に形を変えて行きます。クールダウンされるとも言えますが、縦方向や横方向から検証する(これを深堀りと呼んでます)うちに受け取り方が変わってきます。
なので頭から否定することは、自分のために勿体ないんですね。

というわけで「怒りや悲しみを肯定する作業」が大切です。それが自分の世界を掘り下げる事です。実際に怒っている自分、悲しんでいる自分がいるんです。それを「心の鍛錬が足りないから」と闇に葬り去っては自分が可哀想です。そりゃ、心を病んでもおかしくないですよね。

■バカにされると思っている自分を隠そうとする

ここまで書きましたが、まだ「ひとりダイアログ」の説明には入っていません(笑)。なぜ、自分との対話が必要なのかという私のロジックの説明でした。今日は長くなります・・(笑)。
では、続けます。

怒りや悲しみという負の感情。を、常識的な人ほど、人に見せられないし恥ずかしい事だと思っています。ことに、正直に生きよう、誠実に生きようとする人ほど、感情の起伏は未熟の表れで、それを表に出すと家族や友人に迷惑がかかるとさえ思っています。正直に生きたいのに、自分をさらけ出せずにいなければいけないので、表と裏がある事にストレスを抱えてしまうんですね。

実はこれは、「アニオタがオタクである事を隠す行為」に似ています。負の感情であろうが、趣味であろうが、「社会から白い目で見られる、バカにされると思っている自分自身」を隠そうとする行為です。

■子育てに悩むお母さんよりこじらせないアニオタ

ただ、多くのアニオタは子育てするお母さんほどこじらせません。会社で働くお父さんほど酔いつぶれて人様に迷惑をかけません。(まあ、人によりますが笑)。

うちの次男はアニオタのゲーマーですが、週に4日、3~4時間ほどのバイトに行って、実質月に1万円ほどのお小遣いで快適に暮らしています。残りのお金は家に入れてくれます。まぁ、彼女はいません(笑)。必要と思わないそうです。

彼はアニオタ仲間が大好きです。ソシャゲー仲間が大好きです。リアルでも遊びます。その仲間たちと自分の世界をぶつけあっています。
自分の好きなアニメキャラのどのあたりが萌えで、どのあたりにしびれるのか。それは、自分にどんなこだわりがあってそのこだわりは過去のどんな作品で芽生えたのか。そもそもアニメっていうのは、自分の人生にはどれぐらいの影響があって、なんだかんだ・・・。

きっと彼の人生満足度は非常に高いものになっていると思います。

■公言できるロジック

では、なぜ多くのアニオタは自分のオタクぶりを隠そうとするのか・・。
それは「嫌われる」「バカにされる」と知っているからです。

「いい年してまだアニメなんてはまってるの?」「リア充になれないから2次元で満足するしかないんだろ?」「そもそもアニオタって根暗集団だろ?」
社会にはそんな目を向ける人が多いですよね。なので、彼らも隠すしかない。職場でアニオタとバレたらどうなるか考えただけでも恐ろしい。友達に知られたらきっといじりのネタにされる。ここはひたすら耐え忍ぼう。

そして、彼らのそんな背中を丸めたプライドは、卑屈や怒りが入り混じった窮屈で意固地なプライドへと発展していくんだと考察します。(もちろん、人によります!アニオタを公言して人生を満喫している人も大勢います。私は正直オタクと呼ばれる人たちが面白くて好きです。)

これ、実は昔の私にそっくりなんですね。
卑屈や怒りが入り混じった、子育てに苦しむ母親のプライド。自分は正しいと思っているのになぜか堂々とできない。でも内心では、こんな社会だから、こんな学校だから、こんな地域だからと落胆して孤独を抱えていました。
本当は、それを公言できるほどのロジック(論理)を持っていなかっただけなんですよね。この辺は読み進めてもらえると分かってくると思います。

■自分の世界を深堀りする習慣

そうなんです。負い目を持ってると感じる人は、一様に悲しみを抱えそれを怒りに発展させて、その怒りを窮屈なプライドに置き換えてしまう。まさにこじらせている状態です。
子育てに悩む優しいお母さんも、毎日飲んだくれる愛すべきお父さんも、地下に潜ってオタク仲間と集う可愛いオタク達も、苦しみの根本は同じなんです。

ただ、オタク達とその他との違いは、「自分の世界を深堀りする習慣」があるか無いかです。オタクは「好き」をベースにワクワクしてオタク道を楽しみます。そこでの仲間もいて、自分を表現することを許されます。ある意味人生の勝ち組のようにも思います(笑)。始まりが非常にポジティブで、基準はあくまでも自分の「好き」という指標だけなので誰に何を言われてもかまわない環境があります。(まぁ、多様性が無い人もいるので、相手が「好き」を押し付けてくるというストレスはあるかもしれませんが。どこに行っても人間関係はあります)。

翻って、子育てに悩むお母さんや、毎晩飲んだくれるお父さん(何回もすいません笑)。はどうでしょう?
その世界観の始まりは「否定」や「悲しみ」「孤独」なのではないでしょうか?しかも、それはすべて「社会の枠にはまろうとすること」で、社会人として生きるには自分を変えて行かなくてはいけない、もっともっと成長しなくてはいけない・・そんなところから始まっているのではないでしょうか?

■こじらせたオタクに足りないもの

「自分の好き」を追求して喜びを重ねていくオタク達。
「自分を変えなきゃ」と思って自分を否定する大人達。

どちらが「人生の満足度が高いか」は明白ですね。

ただ、オタクにも社会から白い目で見られる理由があります。ことさら、ゲームやアニメのオタク道を極める人は視野が狭くなりがちです。コミュニケーション能力を磨く機会もなかなか無く、多様性を育てる必要性を感じない人もいるでしょう。もともと人とのかかわりが苦手だからアニメにはまる・・・というのもあるとは聞きますが、ある意味それで自分に無理をさせていないという観点から自然なことだとも思います。確かに必要ないならそれでいいですよね。

ただ、「オタク=かたくな、意固地、すぐキレる、邪魔くさい」こんなイメージを持っている人も多いと思います。確かに話し始めると、こちらが興味のない話を何時間でも話す人もいるので早々に切り上げたくなる事がありますよね。

実は、ここが非常に大切です。私はここに「愛されキャラ」になるかならないか「変人」と「天才」の差があると思っています。

相手が興味の無い事を、自分が気持ちいいからとべらべらしゃべり続ける行為。これ、オタクに限らず意外と多いですよね。老若男女問わずいます。

■相手の身になれ!と言うより「エンターテイメント要素」

そこでありがちなのが「相手の身になって考えよう」「節度を持って人と関わろう」という教えですがは私には楽しくありません。そんな常識的な教えは過去山のように耳にしてきました。
はっきり言って、そんな呪文をいくら唱えたって、オタクがオタク話をやめるとは思いません。やめる必要もありません。話し相手を変えればいいだけの話です。そんな事を言うから、多くの可能性を持ったオタク達が地下に潜ってしまうんです。

ただ、正直、ニッチなオタク話は面白くないですよね(笑)。
「まどかマギカの誰それの声優は、実はこっちの作品の誰それというキャラの声をしてて、特に第13話の開始後14分のところで右から出てきたシーンでは・・なんたらかんたら・・・。」
なんて話されても全く楽しいと思えません。これが迷惑なオタクと愛されるオタクの違いです。
愛されるオタクというのは、相手がアニメの事を知らない前提で話してくれます。私の周りにはこの「愛すべきオタク」が何人かいます。分からない人間が楽しめるように話してくれるので、もっと聞きたくなりますし、最後には「面白い話を聞かせてもらった♪」と嬉しくなります。

要するに、迷惑なオタクに足りないのは「相手の身になる」という教えではなく、エンターテイメント要素です。自分の好きや喜びを相手に伝えるには表現力が必要になるんですね。

自分の思いを相手により分かってもらうには、相手が楽しいと思ってくれて喜んでくれる話し方をしなければいけません。それはビジネスの営業職にも似ていて、自分がいいと思う商品の良さを伝えるには、自己満足の話し方では売れるはずもありません。

伝えたいなら、相手を感動させる表現方法や思わず聞き入ってしまうような話のロジックを組み立てる必要があります。これは子育てにおいても同じことです。さらには、学校の先生にも同じ事が言えるでしょう。

もちろん、オタク達はそれを必要とは思っていない人もいると思います。そこを身につけなくても十分に自分を表現する場所があり、好きに没頭できる能力がある。一般人に分かってもらえなくても、ニッチな仲間は大勢います。そこが彼らの強みです。

■SNSは無法地帯

私が今回仲間を募集する「ひとりダイアログ」は、そのオタク達のコミュニティのような存在です。
自分の独自性、人と違う感性、好きな事、感動した事、弱い部分、コンプレックスなどを掘り下げて、いかにエンターテイメント性を持って表現するかを鍛える場所です。

自分をさらけ出して弱音を吐き綴るだけならTwitterでじゅうぶん、ブログでじゅうぶんです。それは少しの勇気があれば誰でもできます。しかも匿名性なのでなんの責任も負わずに済みます。いくらでも自分を偽ることができるんですね。その自由をはき違えて誹謗中傷することに喜びを覚えている人もいます。SNSは無法地帯となっているようにも思います。だから、ますます発信が怖くなるというのはありますよね。

でも、実はその「自分を偽る」ことを続けてきたからみんな苦しんでいます。表の自分と裏の自分の整合性が取れなくて悩んでいます。裏の自分がダメなんだと決めつけて自己否定してしまっています。TwitterやインスタなどのSNSで苦しむ人たちの多くはそこなのだと思っています。
裏の自分、要するに本音を出せないリアル社会の自分を「ダメ認定」してしまっているんですね。

自分の所属する世界に整合性を持たせる。これが、胸を張って生きられるかどうかの正念場です。リアル世界、ネット世界、そして自分の世界。ここに一貫したものを持たせるために、「ひとりダイアログ」では自己開示をモットーにしています。

■ひとりダイアログは修練場所

この「ひとりダイアログ」では、そのダメ部分を肯定するロジックを組み立てていきます。まさに、弱みを強みに変える作業ですね。
でも、一般的なカウンセリングやコーチングの手法では面白くありません。それでは「変人」にも「天才」にもなれません(笑)。他者に頼っても地頭を鍛える事はできませんし、自分の道を作る筋力は身に付きません。

あくまでも「ひとり」で「ダイアログ」しなければ、自分の世界を掘り下げ、「人と違う自分」を好きになる事ができません。自分で自分を掘り下げるしかないんですね。
ある意味、トレーニングであり、修行です。訓練とも言えますね。

■実はかなり高度な「ひとりダイアログ」

その訓練の場所において、どうしても必要になるのが「他者」の存在です。
先ほど、「エンターテイメント性」がオタクには欠ける部分だと言いましたが、実は多くの日本人に欠けている部分です。

エンターテイメントというのは自分の表現で人を楽しませるコンテンツです。まさに相手の身にならなければ始まりません。これをすっ飛ばして相手に伝えようとすると、真面目な硬い文章を長々と羅列してしまったり、難しい専門用語を並べ立てた独りよがりの話をしてしまったりするのです。(これは天才ではなく秀才と呼ばれる人たちだそうです)。
昔、学校で毎週月曜日の朝、全校集会で倒れる子どもを排出し続けた校長先生のお話のようなもんです(笑)。

私は、本来、人間にはエンターテイメント性が多かれ少なかれ備わっていると思います。相手を思いやる気持ちは幼児でさえ持っていますから。笑わせたい、喜んで欲しい。そんな感情は誰の心にもあって、それが自分の幸福感に繋がります。

そこを最大化させる。
自分のユーモアやクリエイティブな能力、文章や話を使って相手の身になって楽しめるように伝える。もちろん、自分のネガティブな感情だろうが、コンプレックスだろうが、オタクな趣味だろうが、なんでも構いません。自分が掘り下げた事をいかにエンターテイメントとして表現するか。それを鍛錬する場所が「ひとりダイアログ」なのです。使い方によってはかなり高度です(笑)。

■エンターテイメント要素がないから薄っぺらい

と、ここまで読んで、「そんな事無理無理」「私はエンターテイメントなんて興味ない」と思われる人もいるかもしれませんね。
正直、私もついこの間まではそう思っていました。

人を笑わせる技術なんて無いしお笑い芸人でもないのに必要ないや。そんな風に思っていました。

でも、それは全くの大間違いでした。
エンターテイメント性をないがしろにしていたから、思考が薄っぺらいものになっていたのです。まさに親が「つべこべ言わず宿題しなさい!」と言う状態です。論理力のかけらもない。なんの信ぴょう性も知性もない表現方法です。これでは子どもに信用されませんし、尊敬なんてしてもらえるはずもありません。

■人に優しくできるエンターテイメント要素

人を喜ばせたい、笑って欲しいという気持ちと自分の伝えたい事をリンクさせる。
その為には、自分を客観視しなければできません。お笑い芸人が師匠に怒られて落ち込んだことをネタにできるのは、常にネタを探している状態にあるからです。感情に振り回されるのではなく、怒りや悲しみでさえ人を笑顔にする話に置き換えてしまう。
素晴らしい技術ですね。

ただ、私はお笑い芸人になりたいわけでもなければ、私の仲間になって欲しいわけでもない。
目指すのはあくまで「変人」であり「天才」です。

自分の悲しみや苦しみでさえネタにできる客観的思考は、「エンターテイメント性を鍛えよう」という目標があったら自然と身に付きます。エンターテイメントは人に優しくお行儀もいいのです。
もちろん、訓練は必要です。

■自分のロジックを見てもらう意味

まるで本を書くように、自分の心の機微を拾い上げて、相手に分かりやすく伝える努力をする。まずはそこからです。そして、そこには見てくれる人が必要です。お互いに「変人ぶりを発揮しよう!」「天才になろう!」という同じ目的を持った優しい仲間が必要です。

自分で組み立てたロジック、理論というのは初めは穴ぼこだらけです。そもそも組み立て方も分からない。だから、周りの人のロジックを見せてもらったり、話を聞いたり、質問を投げかけてみたりして深めていくんです。

そして、そのやり取りも「エンターテイメント」を意識する。相手が楽しめるように、相手が感動するように、相手が幸せになれるように。そこを絶対におろそかにしない。もちろん、それはとても高いハードルだと思います。相手がどう受け取るかもわかりませんし、自分の全力を駆使しても相手を傷つけてしまう事はあるかもしれません。

■「正しさ」ではなく「変人」ベースで

でも、正直、そこを怖がるのが日本人のしんどいところだと思います。どんなに配慮しても相手を傷つけてしまう事はあります。良かれと思って買ってきたプレゼントが、その人のコンプレックスを刺激して悲しませてしまう・・なんてこともあるわけですから。

傷つける事にも傷つく事にも耐性が付いていないのが日本人ですね。もちろん、私も含みです。

それを「弱い」で片づけてしまいがちですが、私は違うと思っています。ただ単純に「自分の世界が掘り下げられていない」だけだと思っています。努力でも忍耐でもありません。
要するに、自分に哲学を持っていない。自分の言葉に理論がともなっていない。簡単に言うと「納得」が無いのです。「とりあえず」や「しょうがない」で生きなければいけない状況があったから、しっかり自分の「納得」を引き出す時間を持つことができなかっただけなんです。だから、人の言葉で大きなダメージを受けてしまうのです。

自分の世界や理論を大切にできる人は、他者の世界や理論にも理解を示そうと努力できます。たとえ平行線の世界観でも、自分の世界に自信があったら「へ~あなたの世界は面白いね。理解はできないけど笑。」で終わらせることができます。自分の世界に「納得の理論を持つ」こと。納得できるまで考え続ける事。「ひとりダイアログ」がやりたい事はこれです。

地球上には様々な国があるように、私たち一人一人の世界観も違います。違って当然です。それを「正しさ」で論じるのではなく「変人」をベースに構築していく。いや、真面目な話です(笑)。
人と違う事が怖いのなら、あえて違う事を楽しめる仲間を作ればいい!というコンセプトです。ただ、SNSのような無法地帯になるのは避けたい、避けなければいけない。なのでエンターテイメント要素です。自分の表現方法を鍛えます。相手が楽しんでくれるには・・を常に意識できる技術を身につけておけば無敵です。

大丈夫です。そうするうちに自分への負荷が下がり、「良く見せよう」という虚栄心が無くなっていきます。
私がいい見本です。こんな長い文章を恥ずかしげもなく公開しているのですから(笑)。良く見せたいと思ったら、文法から学ばなければいけません。残された時間も分からないのにそれは厳しいですよね(笑)。

■日本人は弾丸を受け続けて血だらけ

日本人は常に弾丸を受け続けている・・・。先日読んだ記事にそう書いてありました。もう傷だらけで、心は血まみれになってしまっている。それにも気付かず、まだ学ばなければ成長しなければと頑張り続ける。

そんな風に書いてありました。それを読んで泣けました。「本当だ、みんな苦しい。傷だらけだ。弱さを認められず、すでにボロボロなのにまだ戦おうとしている。」そんな風に感じました。
もう、自分を何者かにしようなんて思わないで欲しい。今の自分では全然ダメだなんて思わないで欲しい。切実にそう思いました。

そこが「ひとりダイアログ」を立ち上げようと思った発端です。私は、一生懸命生きる人を応援したい。自分の足で自分の人生を歩く力を身につけてほしい。それだけです。

■実は稼ぐ力に繋がるコミュニティ

自分の足で自分の人生を歩くには、極論ですが「変人」を目指してもらうのが一番早いと考えました(笑)。
人と違う自分を認める。認めるどころかそこを楽しむ、強みにしてしまう。そういう事です。後悔も反省も必要ありません。不登校も引きこもりも出社拒否も怖くありません。

でも、独りぼっちでそれを極めるのはとても難しいです。限界集落でAKB48の格好をして歩くぐらい勇気がいります(笑)。やっぱり変人仲間が必要です。

先ほどエンターテイメント性が必要と言いましたが、それはあくまでもスタンスです。このコミュニティ内での、「思いやりの無い傷つけあう低俗なやり取り」を排除するためです。相手を楽しませようというコンセプトが頭にあったら、自然と優しく思いやりを持った環境になっていきます。

ただ、ここだけの話、エンターテイメント性は極めればお金になります。ただのスキルも伝え方や表現方法を変えれば価値を生みます。そこが孫正義さんとスティーブ・ジョブズさんとの違いです。(偉そうに言いますが笑)。
スピーチ力、エンターテイナーとしてのパフォーマンス能力。その違いは明白です。

変人(バカ)と天才は紙一重と言いますが、要するに、変人ぶりを恥ずかしいと思うか、世間体を気にせず突き抜けていくかで正直人生は変わると思っています。初めにも書きましたが、私は誰しも変人要素を持っていると思っています。ただ、それが育たない環境にあったり、表現方法が学べず孤立してしまったりという過去があっただけなんだと思っています。

変人ぶりを温かく見守ってくれる環境があるか無いかで、同じサイコパスでも残忍なシリアルキラーになるか、大会社の社長になるかの違いがあると思っています。いつも言っていますが、環境は本当に大事です。そして、私は変人です(笑)。

■天才の3要素

ちなみに天才になるための3要素は「発想力」「論理力」「表現力」と言われています。
もちろん、持って生まれた才能や資質というものがあるので、頑張って鍛えたところでみんながみんが天才になれるとは思っていません。

でも、天才とは紙一重の「変人」にはなれると思っています。独自の発想。独自の論理。そして、独自の表現。決して人と同じではないものです。逆に同じだと「変人」ではなく「凡人」です。それでは楽しくないし、自分を好きになれません。

オリジナリティは誰しも持っている宝物です。
でも、それを発揮させてもらえなかった。伸ばしても育ててももらえなかった。そんな時代だったから仕方ないですね。後悔も反省もいりません。

このオリジナリティはこれからの社会で武器になると言われています。どんなビジネス書を読むよりも、どんな思考法を身につけるより、自分自身が商品になるかもしれません。
さらには、お金の価値が下がり、貨幣経済から評価経済に移行していくと言われています。評価経済はいかに助け合える仲間がいるかで快適度が変わってくるそうです。

今までタブーとしていた自分の変わった部分。それを面白いと言ってくれる仲間は、きっとリアルの友達よりも心を通わせることができると思っています。なので、ここがセーフティネットになるかも・・・と淡い期待を抱いています。それはまだまだ試行錯誤が必要だとは思いますが、無敵の母さんLOVEな人たちとならできそうな気がしています(笑)。

■天才になる3つの力を密かに鍛える

「ひとりダイアログ」で大切にするのはエンターテイメント性です。夫婦喧嘩だろうが、温暖化問題だろうが同じです。すべてがテーマになります。自分で掘り下げて、それをどう伝えるかを考える。そこが訓練になっていきます。このエンターテイメント性は「表現力」ですね。

「論理力」は自分でロジックを組み立てる際に身に付きます。もちろん、独りよがりにならないように、他者の視点や反論も自分で考えて強化させていきます。これも訓練です。何回でも間違えて、何回でも「てへぺろ」して、仲間に甘えたり褒めてもらったりして鍛えていきます。これが身についてくるとブレなくなります。他者からの心無い言葉にも傷つきにくくなります。今まで喧嘩に発展していた夫婦喧嘩も対話で終わるようになるかもしれません。まぁ、相手にもよりますが(笑)。それはそれで練習相手として認識できるようになるかもしれません。

そして、発想力は表現方法を考えることで育っていきます。アイデアというのは「よし!アイデアを出そう!」と思ってもそう簡単に出てくるものではありません。歩いていてふと閃いたり、誰かと全然違う話をしているときに思いついたりするものです。私は家事をしているときに良く思いつきます。
閃く為には心の安定が必要です。安全基地ですね。自分を認めてくれる場所。同じ目的をもって高め合える仲間です。悩みが脳を占めてしまっては面白いアイデアが閃いても気付く事ができません。心の安定をくれる場所。発想には安心が必要です。

■「ひとりダイアログ」でやる事

「ひとりダイアログ」の本拠地はFacebookの非公開コミュニティです。
毎月1,000円の会費を払ってくれた方のみ入れます。

ここでやる事は「毎日投稿」です。これはできるだけ実践してもらいます。
毎日何かを投稿するという時間は、毎日自分と向き合う時間になります。人の投稿を見るよりも、まず自分が投稿する事が大事です。ある意味、仲間の生存確認にもなりますし(笑)。

下記の画像がサンプルです。

【1】

【2】

【3】

全部私が書きました。あくまでもサンプルです。

【1】は5行日記です。主語と動詞だけでOK。点数を付けられないならそれもOK。まずは一日を振り返って清算してしまう事が重要です。脳が一晩かかって記憶を整理してくれるので、そのお手伝いも兼ねています。

実はこれは自己カウンセリングの効果も兼ねています。なのでくれぐれも手書きで。それを写真に撮って投稿する。字が下手とか、書くのが嫌いとかあるかもしれませんが、書いたものというのは自分の作品です。私の字を見て皆さんも何かしらの印象を持ったと思います。それが大事です。受け取り手に伝わるものがあるんです。しかも、書いたものを見せるのは「自己開示」です。自己開示のハードルをどんどん下げていく。自己開示が自分の所属する3つの世界の整合性を引き寄せてくれます。「内緒」や「秘密」はおどおどした自分の原因です。自己開示のハードルを下げていきましょう。そうしなければ自己表現がなかなかできません。

ちなみに私の文字は右肩上がりです。
「右肩上がりの字を書く人は・・・」なんて分析もあるようですが、勝手にやってくれと思います(笑)。そんなもので私の世界が分かるものかと思っています。
なので、堂々と自分の日記を公開してください。

ちなみに、初めは人に見せると思うと正直に書けないこともあるかもしれません。なので、見せられる日記と見せられない日記に分けてもらってもいいと思います。徐々に自己開示のハードルが下がれば、格好をつけようとする自分は小さくなっていきますから。また、仲間との信頼関係も初めは築けていません。無理をせず、自己開示していって下さい。

大事なのは毎日自分に向き合う事。なので、格好つけて嘘は書かないでくださいね。自己カウンセリングの効果が無くなってしまいますから。

【2】は【1】と同じですが、表現方法を変えた形です。何も文字ばかりが表現方法ではありません。文章を書くのが苦手な人、言葉にするのが下手な人。色んな人がいます。なので最初は自分ができる表現方法でOKです。上手いも下手も関係ありません。ただ、自己カウンセリングが目的ですので、心を言葉にできるように頑張ってみてください。理想は5行日誌に点数をつけることです。点数をつけることで0-100思考から少しずつ解放されていきます。

また、この画像は何の加工もしていません。それで全然いいのですが、実は優しくないですよね(笑)。みんなに楽しんでもらおうというエンターテイメント要素が少ないです。イラストという時点でエンタメですが、他者に楽しんでもらうにはもっと明るく加工したりするひと手間があってもいいかもしれません。
なので一言付け加えてみました。

こうする事によって、自分と見た人との距離感が近くなります。見た人はほんの少しほっこりできます。自己満足ではなくエンターテイメントを意識して投稿する。そこにはマウントを取ろうとか自慢しようとかいう邪念は働きません。あくまでも「他者に喜んでもらう」。そこを意識する訓練を毎日続けていきましょう。これからの評価経済社会でも「愛されキャラ」でいる事は大切です。

ただ、受け取り方は人それぞれです。恐れず投稿していきましょう。

【3】はすでに自分の理論を持っている人、自分の世界を深堀するのが楽しい人に挑戦して欲しいレベルです。
画像は「貧困と貧乏」について私なりに掘り下げているところです。人の話を聞いて「私なら」という視点で掘り下げてみることにしました。他者の理論を自分の経験則や価値観に置き換えて考えることで、持論が作られていきます。また、ロジックを組み立てる中で、過去のデータや様々な指標を知りたくなるので情報収集も必要な時もあります。

なので【3】では「こんな風に考えてみたけど他の視点ってあるかな?」とか「ここまで深堀したけど結論にたどり着けない。助けて~。」となると楽しいかと思っています。これは自分の人格から離れたテーマであればあるほど交流が楽しくなります。画像は貧困というヘビーなテーマですが、本当は、見た映画や読んだ本、友達との会話やふと不思議に思った事などなんでもいいです。

大事なのはロジックの組み立てを公開していく事。おそらく、【3】を公開できる人は「この論理は破綻していないか?」という他者の意見を欲しいと思っているはずです。
例えば「ディズニーランド」を深堀りしてみましょう。

・夢の国、ディズニーランド
  ↓
・夢ってDream?Hope?
  ↓
・キャストにしたらHope、ゲストにしたらDream
  ↓
・でも、結局どっちもお金か・・・
  ↓
・お金で買うのも、お金をもらうのも「体験」だな
  ↓
・家族でディズニーランドで体験しようと思うと交通費入れたら10万はくだらない
  ↓
・正直疲れるしバーチャルでいいや
  ↓
・みんながそれじゃディズニーランド破綻するからお金持ちは行っておくれ
  ↓
・ディズニーランドで急性心筋梗塞になって絶命した場合、私には後悔が残るな
  ↓
・夢の国は夢だからいいのかもね

という考察をしました(笑)。年のせいかあまりアミューズメント施設に魅力を感じなくなった私の深堀りです。でも、これも人によったら全く違う考察ができるでしょうし、「やっぱり行って体験することが何より大事」という結論を導きだす人もいるでしょう。なんでもいいのです。

正しい間違いではなく、自分でロジックを組み立てた事が大事です。そして、そのロジックはエンターテイメントになります。自分の思考の積み上げ方を見せるので、ある意味本を読んでいるような感覚です。そこが間違っていても、未熟でもいいんです。組み立てる練習を繰り返すことが大事ですから。

思考を文字にして理論を積み上げる。穴ぼこだらけでも人に見せていく。そしてそれを見た人が「自分なら」に置き換えて考えてみる。すると、自分の理論がどんどん他者の意見を取り込んで強化されていきます。
「自己満」だった自分の思考が、世間に通用する根っこを張った理論に変形していく。これを持っていると自信がどんどん育っていきます。仲間と共に築いた自分の理論は、多少の反論をもらってもゆるがなくなります。
これは「仲間」だからできます。安心して本音を話しても「エンターテイメント要素」を心がけて反応してくれる仲間がいるからこそ開示していけます。自己開示はリアル社会と自分の世界を融合させるために必ず必要です。

■見せる事が楽しみになる

ふとした時に閃く。何かの拍子に気付く。
そういうことは誰しも経験したことがあると思います。でも、日々の生活の中でそれは流れて行ってしまって、5分後にはもう思い出すこともできない。
でも、実はそんな閃きや気づきこそオリジナリティを含んでいます。脳は一日中会話をしていると言われますが、その会話を書き留めたらいったいノートは何冊いるのでしょうね(笑)。

そんな会話の中でビビッと来た事、なぜか急に腑に落ちた事、気付いたことをぜひ「ひとりダイアログ」で教えて下さい。それはきっとみんなの気づきになったり、安心になったり、笑顔になったりします。「こんなことなんて・・」と思わず、自分の発見を共有してください。次第に投稿するのが楽しみになります。

なので、常にノートを持ち歩く習慣を(笑)。
いつ脳が閃いてくれるか分かりませんから。私もトイレに行く時でさえ持って行っています。
確かに変人です(笑)。

■「ひとりダイアログ」詳細

活動場所・・Facebook非公開グループ「ひとりダイアログ」内。

活動日時・・毎日自由に日記を投稿、深堀りした事があったらいつでも投稿可能。

活動内容・・平日の朝毎日無敵の母さんよりテーマを決めて記事投稿。
       それを受けての意見や深堀りOK。(慣れるまでは閲覧だけでもOK)
       全く違うテーマを深堀りした記事の投稿OK。
       みんなに考えてもらいたいテーマがあったら投げかけるのもOK。
       何か作品を作ったら「見て見て♪」の投稿OK。(買ったものはダメ)
       月水金に無敵の母さんのライブ配信(皆さんの投稿への感想、激励、etc)
       毎週火曜日の夜21時から「Zoom子育て茶話会」
       毎週木曜日の夜21時から「Zoom哲学茶話会」
       毎月1回Zoom交流会(希望者のみ、日時は後日発表)。
      
参加費用・・1,000円/月(銀行振込)

参加人数・・3人~20人程度

特典・・・・日記の毎日投稿できた方に日記に貼れる可愛いシールを5枚進呈
      (人数が増えたら抽選になります。集めてね♪)

      
参加条件・・20歳以上
       男女問わず。
       考える事が好きな人。
       自分に自信を持ちたい人。
       自分軸を持ちたい人。
       天才になる努力を惜しまない人。
       オリジナリティを発見したい人。
       無敵の母さんが好きな人(←ここが一番大事!)。

参加手順・・Twitterの「無敵の母さん」にDM下さい。
       質問もそちらに。
       面接は約1時間ZoomかSkypeで行います。
       こちらから規定をお話します。
       参加希望の方のみお支払い口座をお知らせ。
      (ご希望に添えない場合もありますご了承ください)

活動開始・・2020年7月1日より

必要な物・・Facebookアカウント
       Zoomアカウント
       やる気

ルール・・・日記投稿は毎日が基本。
       誹謗中傷は厳禁。
       ここで知り得た情報は口外厳禁。
       新人さんには優しく。
       愚痴や悩みもいったん自分で掘り下げてから投稿。
       ノートに手書きしてそれを写メで投稿が基本。
       コメントや質問はキー入力OK
著作権の遵守。(紹介したい時は許可をもらう)

その他・・・ゆくゆくはリアル飲み会やイベントもやろうと思っています。
       また、商業活動もできるシステムが作れたらと思っています。
       (その為にはみんなの変人ぶりが必要です)。
人数が増えたらどんどん独立してもらいたいと思っています。

■最後に

実は、内心とても不安です。私でできるだろうかと思っています。
この「ひとりダイアログ」は自己カウンセリングと変人(天才)育成を同時に行うシステムです。これが完璧に実践出来たら、確実に人生が楽になります。そんな凄い内容です。

正直、この企画は「岡田斗司夫さん」のスマートノートという本にアイデアを頂きました。
スマートノートを実践して、私自身が落ち込む事が無くなり、自分の変人ぶりを開花させてもいいんだという自信を育てる事ができました。

そのスマートノートを実践したことで、子育てに悩むお母さんやストレスを抱えるお父さん、様々な人にやってもらいたいと思いました。本当に気分の落ち込みが無くなり、自分を肯定できるようになりましたから。

でも、これは私だからできた部分もあると思っています。ただのおばさんですが「ただのおばさんと思うなよ!へへ。」とも思っています(笑)。なので、私オリジナルなやり方に変更しています。それが日記を毎日見せ合う事と、自分の作品を見せ合う事、また、Facebookで仲間を作る場所を作ってしまうという部分です。

一人で自分の過去に向き合うのはとても辛いです。苦しいです。誰でも黒歴史はあります。でもそれを逆手に取って、勇気を出して自己開示することで、人を信じられる自分になっていくという一つで二度おいしい状況を作ろうと思いました。意外と人って良くも悪くも自分にしか興味がありません。なのに自分をさらけ出せない人は、自意識過剰で完璧主義者なんですね。

「正しくなくていい」「間違っててもいい」。
そこが許されなければ、人は安心して自分を掘り下げ、「好き」を追求し、自分の世界を作り上げる事はできない事に気づきました。
でも、今の社会は間違うと白い目で見られ、正しくないと非難される。みんなびくびくして生きています。それでは自由に自分を表現できませんよね。

自分を出せない事ほど窮屈でつまらない事はありません。体は自由でも心は常に軟禁状態です。決められた枠がもう時代遅れだと分かっていても、自分らしさを出すにはとても勇気がいります。

この「ひとりダイアログ」は変人仲間の集いという縛りをつけました。誰でもいいわけではなく、変人枠に入っていいと思う人たちです。自分を「変人」にしてしまう。あえて社会の枠から外してしまう。逆に言えば「常識」を大切にする人は入れません。いい人でいたい、真面目な人でいたい、立派な人でいたいと思っている人は遠慮してもらいます。

人と違っていい。違ってる方が面白い。
そんな寛容なやり取りの中でこそ、本当の友情は育つと密かに思っています。
頭をひねって、その時の心の色を表現しようと四苦八苦して絞り出した表現を見せる。それを受け取って、また、頭をひねって新たな論理を展開してくれる仲間。

上っ面の言葉の応酬ではなく、変人ぶりを発揮して、オリジナルな言葉を返してくれる仲間。

それを繰り返すことで、もしかしたら家族の知らない自分を理解してくれるかけがえのない存在になっていくのではないかと思っています。

自分が社会の枠から外れていることを自信に繋げられるコミュニティがこの「ひとりダイアログ」です。
はっきり言って時代を先取りしていると思っています(笑)。

いつでも誰とでも、堂々と議論できる自分になりたくありませんか?私は苦手な人がたくさんいたので、人と会うのを避けていました。自分を作って嫌われないように演じていたのでいつも疲れていました。
でも、今は全然平気です。自分の掘り下げ方、理論の組み立て方が分かりましたから。
なので、皆さんにもぜひ習得して欲しい。もっと楽に自分を表現して欲しい。心からそう思っています。

ここにはヒーローもリーダーも必要ありません。自分のオリジナリティを育てるのは自分しかいません。まさに「主役はあなた」です。
私は場を管理して盛り上げるだけ。相談に乗るだけ。仲間はそれを見守ってくれる存在であり、自分が成長するための練習相手です。独りぼっちでは育てません。

安心して自己カウンセリングしながらオリジナリティを育てて立派な変人になってください(笑)。
あなたのご参加お待ちしております。

長々と書きました。
これが、私がお母さんの応援をしてきて導き出した結論です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

では、また。

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